【最初の1曲だけでいいから見て!!】Harmony Mrs. GREEN APPLE 歌詞考察 part3 

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皆さんこんにちはJam’sです。

今回はHarmonyで披露された楽曲の9-12曲目を考察していきたいと思います

<part3のラインナップ>

Dear」
・聞いているだけでは絶対に分からない

「クダリ
・客観から主観へ時を経て完成した楽曲

「StaRt
・孤独と愛の唄

「ケセラセラ
・「今日は」と「今日も」に隠された秘密

【最初の1曲だけでいいから見て!!】Harmony Mrs. GREEN APPLE 歌詞考察 part3 

<Part1のラインナップ>
「Magic」
・歌詞に出てくる「幸福呪文」の正体とは聞き馴染みのあるあの言葉だった!?

「Hug」
・「アナタ」の正体は「私」!?

「ライラック」
・両面価値が示すもっくんの書く歌詞!!

「嘘じゃないよ

・タイトルの意味が180度変わる

<Part2 のラインナップ>

「ANTENNA」
・もっくんの書く歌詞が深い意味

「光のうた」
・何気ない歌詞「謳う」の重要性

「soFt-dRink」
・青春を使い余していたはず何に、、、

「ア・プリオリ」
・期待をして、諦めそうになるけどそれでも信じているモノとは?

Dear

Jam’s<br><br>
Jam’s

9月の花の色と言えば皆さんナニヲ想像しますか?

そんなDearの考察を以下の記事で紹介しています

Dear 重要

ここでは普通に聴いているだけでは絶対に気づかない豆知識を紹介します。

それはサビのあの歌詞の英語表記です

幼さでパンを作って
大人びてジャムを塗ろう

この歌詞ですが2番とラスサビでは日本語表記は同じですが英語表記にすると意味が変わります

<2番>
「I made bread with my youth
Let's feel grown up and make jam」

"私が幼いなりに作ったパンに、
いつか大人になったと感じたら
ジャムを塗ってみよう"


<ラスサビ>
「I made the bread in my youth
Let's paste some jam on it cause I feel grown」

"あの時より大人になったと感じるから、
幼い時に作ったあのパンに
ジャムを塗ってみよう"

Jam’s
Jam’s

2番とラスサビで時制が変化しているねこの時制の変化を踏まえて楽曲を聞くとまた新しい発見があるかもね

それでは新しい発見へ――GO!!!!

クダリ

4thフルアルバム「Attitude」(2019,10,2)に収録されている「クダリ」ですが当時のインタビューでは

~大森~
「クダリ」って4~5年前の曲で、仰る通り1番だけワンコーラスの状態で出来上がっていて、メンバーとスタジオに入って合わせたりしてたんだけど……まだ演奏力や表現力含めて、“なんかピンと来ないな”っていうのでお蔵入りしてたんです。今回『Attitude』っていうすごく内省的なアルバムを作るってことで、“書いてみよう!”ってなったんだけど……やっぱり4~5年経ってると当時の気持ちっていうのもね。当時は10代で多感な時期だったから。全然違うなーと思ってたんだけど、書き始めたら当時のことをいろいろ思い出してくるわけですよ。

つまり、、、

Jam’s
Jam’s

17歳くらいの頃に1番を、Attitudeのアルバム制作時(20代)に2番を作ったということだね

1番と2番の歌詞を比較してみていきます!!!!

クダリ まとめ

<1番>
・嘘が見え、この先が不安(客観的)

<2番>
・嘘に慣れ、諦めてしまう(主観的)

<最後の歌詞>

・でも、、、、、

クダリ 1.2番歌詞比較

<1番>

汚れた世の中の仕組みも嫌ってほど見えて

<2番>

汚れた世の中の仕組みに嫌ってほど慣れて

Jam’s
Jam’s

10代では客観見えていた汚れた世の中の仕組みに、20代になるとその世界に入って主観的に見ているんだね

<1番>

虚しさの海に落としてしまって

<2番>

私という海を泳がせてしまって

Jam’s
Jam’s

1番では上の図のように世の中を客観的に見てたから”虚しさ”と私を別のものとして考えているけど、2番は私が世の中に入っているから虚しさ=私っていうふうに捉えているのかな?

<1番>

背伸びが得意になり

<2番>

背伸びができなくなり

<1番>

でも心のどっかで見つけて欲しいんだろうな

<2番>

でも心のどっかで助けてほしいんだろうな

Jam’s
Jam’s

この二つの歌詞からも分かる通り汚れた世の中を客観していた10代から汚れた世の中に入ってしまった20代でより生きにくくなったんだろーな、、

Jam’s
Jam’s

語尾が「だろうな」になってるね

「見つけて欲しい」、「助けて欲しい」って言いきれないのも嫌われてくないからかな?正直になりきれないんだね

それでもかわらないものがありました

それは以下の歌詞です

<1.2番 共通歌詞>

哀しいのも寂しいのも

私だけで良いのさ

何にも負けないその貴方の笑顔が

悲しみで溢れる事が無いように

Jam’s
Jam’s

状況や心境が変化しようと変わらなく貴方のことだけを思い続けているんだね

Jam’s
Jam’s

優しすぎるけど、無理しすぎているよね。心配になる、、、

「哀しいのも 寂しいのも私だけで良いのさ」って言っているのに「助けて欲しいんだろうな」って言ってるもんね

クダリ 皆さんはどう思いますか?

問1
「汚れた世の中」とは具体的にどういう世の中??

個人的にはもっくんの今まで書いてきた歌詞的に、愛に気づけない世の中であるのかなって考えてます。

問2

タイトル「クダリ」の意味とは

是非皆さんこれかな?って思いついた方は教えてください!!!!

StaRt

Jam’s
Jam’s

今回のライブアレンジ最高でしたね!!!

メジャーデビュー曲として「StaRt」を発表したのはすごい人生観だと思います

<1番サビ>

幸せな時間をどれだけ過ごせるかは…
微々たるものでも愛に気づけるか。

<2番サビ>

微々たるものでも愛に気づけぬなら
スタートに戻ろう

つまり、、、

<ラスサビ>

幸せと思えるき貴重な時間をどれだけ過ごせるかは..
「いつでもスタートで居よう」

Jam’s
Jam’s

「いつでもスタートで居ることで微々たるものでも愛に気づくことが出来て幸せな時間を過ごせるよ!」っていうメッセージなんだね

いつでもスタートでいることで

「パッパッパ晴れた町に
チャプチャプチャプ雨の心」

↓↓

「パッパッパ晴れた町に
パッパッパ晴れた笑顔」

に変わったんだね

Jam’s
Jam’s

晴れた町に雨の心って表面的には明るいけど内面的にはさびしがっているってことなのかな?

心から晴れていないんだね

ライブでもりあがる「StaRt」ですがこの楽曲を一言で表すと

孤独と愛

歌詞の最後に隠れている孤独は以下の記事で明らかにしていきたいと思います

Jam’s
Jam’s

「StaRt」の歌詞で「さあ 試されよう」とありますが

アルバム「ANTENNA」に収録られているあの楽曲でアンサー的な歌詞が!?!?

それについては以下からご覧ください

ケセラセラ

ケセラセラは言わずと知れた名曲なのです。

今回は歌詞の細かい所に注目していきたいと思います

「今日も」と「今日は」

<冒頭>
ケセラセラ今日も唱える

<1番サビ>
ケセラセラ今日も唱える

<1番サビ終わり>
でもね、今日はちょっとだけご褒美を

<ラスサビ1>
ケセラセラ今日も唱える

<ラスラビ2>
ケセラセラ今日も言い聞かせる

だから、今日はちょっとだけご褒美を

Jam’s
Jam’s

今日もってことは毎日のように「ケセラセラ(=なるようになるさ)」ってとなえているのかな?

Jam’s
Jam’s

でも後半は「唱える」→「今日も言い聞かせる」ってなっているしだんだん心に余裕がなくなっているんだね

Jam’s
Jam’s

今日だけはご褒美をって言っている歌詞があるね

Jam’s
Jam’s

でもね、今日はちょっとだけご褒美を」

だから、今日はちょっとだけご褒美を」

「でもね」と「だから」にはどんな違いがあるんだろう

その前の歌詞を比較します

ケセラセラ
今日も唱える
限界、上等。妬ましさも全部
不幸の矢が抜けない日でも All right All right
食いしばってる

でもね、
今日はちょっとだけご褒美を

ケセラセラ
今日も言い聞かせる
不幸の矢が抜けない日でも All right All right
止まらないで居よう。

だから、今日は
ちょっとだけご褒美を

「前半」
不幸の矢が抜けないけど、ケセラセラと今日も唱える食いしばってる。
でも疲れて歩みが止まってしまいそうだから休憩をする

「後半」
不幸の矢が抜けなくて、ケセラセラと言い聞かせかせている。
けど歩みを止めずに進んでいくために、少しづつ休憩する

このようなニュアンスの違いを感じました。

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